リニアの歴史れきし

1962ねん 昭和しょうわ37ねん

東京大阪間(とうきょうおおさかかん)1時間(じかん)を目指(めざ)し、新幹線(しんかんせん)の次(つぎ)の超高速鉄道(ちょうこうそくてつどう)としてリニアモーター推進浮上式鉄道(すいしんふじょうしきてつどう)の研究(けんきゅう)がスタートしました。

1972ねん 昭和しょうわ47ねん

国鉄(こくてつ)・鉄道技術研究所(てつどうぎじゅつけんきゅうじょ)でML-100が初(はじ)めて浮上走行(ふじょうそうこう)に成功(せいこう)しました。

1979ねん 昭和しょうわ54ねん

最初(さいしょ)の実験車両(じっけんしゃりょう)ML-500で無人走行(むじんそうこう)で世界最高速度(せかいさいこうそくど)517km/hを記録(きろく)しました。

1980ねん 昭和しょうわ55ねん

ガイドウェイは逆(ぎゃく)T字型(じがた)からU字型(じがた)に改造(かいぞう)され、人(ひと)を乗(の)せて走行(そうこう)ができる車両(しゃりょう)MLU001によりU字型(じがた)ガイドウェイ走行試験(そうこうしけん)が始(はじ)まりました。

1997ねん 平成へいせい9ねん

山梨(やまなし)リニア実験線(じっけんせん)の走行試験(そうこうしけん)がスタート。低速度(ていそくど)での車輪走完成式(しゃりんそうかんせいしき)の様子(ようす)による試験(しけん)を行(おこな)い、車両運動(しゃりょううんどう)の安定性(あんていせい)やブレーキ性能(せいのう)などを確認(かくにん)しました。


1998ねん 平成へいせい10ねん

対向列車(たいこうれっしゃ)とのすれ違(ちが)い時(じ)の走行安定性(そうこうあんていせい)などを確認(かくにん)しました。

2002ねん 平成へいせい14ねん

新(あたら)しい先頭車(せんとうしゃ)1両(りょう)、中間車(ちゅうかんしゃ)1両(りょう)の計(けい)2両(りょう)の試験車両(しけんしゃりょう)を山梨(やまなし)リニア実験線(じっけんせん)に投入(とうにゅう)しました。

2009ねん 平成へいせい21ねん

新型(しんがた)リニア車両(しゃりょう)の走行試験(そうこうしけん)が開始(かいし)しました。先頭(せんとう)の形(かたち)901A2状(じょう)が従来(じゅうらい)の円形(えんけい)から角形(かくがた)になり、車両(しゃりょう)の形状(けいじょう)が大(おお)きく変更(へんこう)されました。

2011ねん   平成へいせい23ねん

整備計画の決定

国土交通大臣(こくどこうつうだいじん)が、全国新幹線鉄道整備法(ぜんこくしんかんせんてつどうせいびほう)に基(もと)づき中央新幹線(ちゅうおうしんかんせん)の整備計画(せいびけいかく)を決定(けってい)しました。 整備計画(せいびけいかく)の決定(けってい)に先立(さきだ)ち、5月20日には営業主体(えいぎょうしゅたい)・建設主体(けんせつしゅたい)にJR東海(とうかい)が指名(しめい)されています。

2011ねん   平成へいせい23ねん

環境影響評価法(かんきょうえいきょうひょうかほう)の一部(いちぶ)を改正(かいせい)する法律(ほうりつ)の趣旨(しゅし)をふまえ、JR東海(とうかい)が中央新幹線環境影響評価配慮書(ちゅうおうしんかんせん かんきょうえいきょう ひょうかはいりょしょ)を公表(こうひょう)しました。 配慮書(はいりょしょ)により、概略(がいりゃく)ルートとおおよその駅(えき)の位置(いち)が公表(こうひょう)されました。

2011ねん   平成へいせい23ねん

JR東海(とうかい)から中央新幹線(ちゅうおうしんかんせん)(東京都・名古屋市間(とうきょうと・なごやしかん))環境影響評価方法書(かんきょう えいきょうひょうかほうほうしょ)が公告(こうこく)されました。

2013ねん   平成へいせい25ねん

山梨リニア実験線 走行試験再開(出発式)

山梨(やまなし)リニア実験線(じっけんせん)42.8km出発式(しゅっぱつしき)が山梨県立(やまなしけんりつ)リニア見学(けんがく)センター前(まえ)で行(おこな)われ、延伸工事(えんしんこうじ)を終(お)えて全線(ぜんせん)が完成(かんせい)した山梨(やまなし)リニア実験線(じっけんせん)(笛吹市境川町~上野原市秋山(ふえふきしさかいがわちょう-うえのはらしあきやま))で営業線(えいぎょうせん)をみすえた新型車両(しんがたしゃりょう)「L0(エル・ゼロ)系(けい)」での走行試験(そうこうしけん)が再開(さいかい)しました。

2014ねん   平成へいせい26ねん